サンドウィッチマン伊達みきおの妻や子供は?伊達政宗の子孫だった?

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お笑いコンビサンドウィッチマンのツッコミ担当で金髪メガネの伊達みきお。

 

なんと、独眼竜こと戦国武将の伊達政宗の子孫なんだとか。

 

家系図が歴史資料館に展示されているという噂もあります。

 

妻や子供との現在も気になりますよね。

 

そんな伊達みきおについて調査してみましょう。

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伊達みきおは伊達政宗の子孫?

 

お笑いコンビサンドウィッチマンの伊達みきおが、あの独眼竜正宗こと、伊達政宗の子孫だといいます。

 

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伊達政宗が伊達家17代目当主を務めた時代からさかのぼること200年。

 

室町時代の伊達家9代目当主の弟・大條宗行が分家として誕生した「大條家」が伊達みきおの正確なルーツです。

 

伊達みきおが伊達政宗の子孫といっても直系というわけではないようで、貴重な血統であることは間違いないようです。

 

ただ、9代目当主の名前も伊達政宗だったということで、伊達みきおはこちらの伊達政宗の血をより濃く受け継いでいるといえます。

 

伊達家から分家し、仙台藩時代は亘理郡坂元城主として4000万石を所領していたという大條家。

 

伊達みきおから4代遡った仙台藩の奉行・大條道徳のときに、数々の功労が認められて「伊達」を再び名乗るようになったそうです。

 

 

伊達みきおの家系図が歴史資料館に展示されている!

 

伊達みきおのルーツでもある4mにも及ぶ「大條家」の家系図は、宮城県の山元町民俗歴史資料館に保存されているといいますから、スケールの大きさを感じさせられます。

 

大條家最後の当主・大條道徳が、伊達宗亮を名乗るようになってから、伊達みきおの曽祖父、祖父、父と続きますが、この新・伊達家もなかなかすごいですね。

 

伊達みきおの曽祖父・亮治は、東京帝国大学法学部出身の裁判官。

 

大條道徳が奉行でしたから、その流れかもしれませんね。

 

また、祖父の忠亮も、東京帝大法律学部出身。

 

満州重工業開発勤務を経て、終戦後にあのシベリア抑留を経験し、帰還後は地元銀行に勤務します。

 

伊達みきおの父・政亮は、地元大学を出て、祖父と同じ銀行に勤務。

 

末代の伊達みきおはお笑い芸人。

 

介護用品会社の営業職を辞めて、お笑いの道を志す息子・伊達みきおに、当時の父は「伊達を名乗るな!」とお怒りだったようです。

 

確かに、大條・伊達家や、関連する家系でお笑い芸人は初だったのでしょうね。

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伊達みきおの妻や子供の現在は?

 

伊達みきおは2009年に、岩手めんこいテレビ出身のフリーアナウンサーである熊谷麻衣子と結婚しました。

 

サンドウィッチマンが2007年のM-1グランプリで優勝した時に、「とくダネ!」のリポーターとして、伊達みきおのインタビューを取ったのが熊谷麻衣子でした。

 

以後、連絡先を交換した伊達みきおと熊谷麻衣子は、2年間の交際を経て結婚。

 

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熊谷麻衣子は現在も「とくダネ!」の不定期リポーターとして活躍しています。

 

伊達みきおに甲斐性があるから、大きな仕事をしなくて良いのでしょうね。

 

2012年1月には待望の第一子が誕生しました。

 

子供の名前は非公開ですが、伊達みきおのオフィシャルブログでは、「2時間しか寝ていないのに子供に起こされても腹が立たない」「目標はパパと結婚するといわせること」など、かわいらしい画像付きの子煩悩エピソードがみられます。

 

そんな子供も、「4歳になったら好きな子ができる」と心配していた伊達みきおですが、娘に「パパと結婚する」と言ってもらえることはできたのでしょうか?

 

 

サンドウィッチマンの結成秘話とは?

 

サンドウィッチマンの伊達みきおと富沢たけしは、仙台商業高校時代にラグビー部で知り合いました。

 

しかし、伊達みきおと冨澤たけしにとって、そこはラグビーの練習よりもお笑い訓練の場だったのかもしれません。

 

当時のラグビー部には怖いけど面白い芳賀先輩を笑わせた順に変えることができるというルールがありました。

 

芳賀先輩曰く、ものまねがうまい伊達みきおと作家タイプの冨澤たけしは、当時からいいコンビ。

 

となりの女子高に「トライだ!」と言って突入したり、竹槍を作ってラグビー練習場の隣の池にいると噂の「人面魚」捕獲にいったり、とにかくあの手この手で、毎日のように芳賀先輩を笑わせていたんだとか。

 

高校卒業後、冨澤たけしは、他の人とコンビを組んでお笑いの道を進みますが、ラグビー部での日々が忘れられなかったようです。

 

福祉用品会社で働いていた伊達みきおは、冨澤たけしに口説き落とされる形でお笑いの道へ進みました。

 

1998年には「親不孝」というコンビ名で上京し、のちに「サンドウィッチマン」と改名しました。

 

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10年間の売れない生活の中、辞めようと思ったことは何度もあったという伊達みきお。

 

多くのぬいぐるみに名前をつけて愛でるという変な趣味もありますが、10年間も折れずに天下取りに挑み続けた伊達みきおには、やっぱり伊達政宗の血を感じさせますね。

 

チンピラ風でいても伊達心だったりするのでしょうね。

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Posted by wpmaster