山田邦子は旦那との不倫で干された?乳がんでの闘病も!

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山田邦子さんは全盛期、レギュラー番組14本も抱える超売れっ子の女芸人でした。

 

しかし、1990年代後半以降から露出が減り、テレビから干されてしまいました。

 

山田邦子さんが干されてしまった理由や2000年に結婚した旦那、現在の活動について調べてみました。

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山田邦子とは?

 

山田邦子さんは、「てんかを取った優いつの女芸人」といわれています。

 

高校1年生の時から素人参加番組の常連として活動していき、一時期落語家を目指したこともあるようですが、向いていないと見切りをつけマン檀家の道へ進みます。

 

大手芸能事務所の太田プロダクションに所属し、漫才ブームの流れに乗り人気者になりました。

 

デビュー以降、いくつもの冠番組を持つ司会者としても活躍しながら、女優や小説家デビューを果たすなどして幅広く活躍していきました。

 

1980年代には一世を風靡し、最高時にはレギュラー番組14本。

 

月収だけでも1億円あったと語っていました。

 

しかし、1990年代後半からは冠番組の打ち切りなどで徐々に露出が減り、以降、テレビではあまり見かけなくなってしまいました。

 

 

山田邦子が乳がんで闘病

 

山田邦子さんは、2007年4月に出演したテレビ番組「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」における乳がん自己検診にて違和感を感じ、その後の診断で「左乳房に1つ・右乳房に2つ」合計3つの乳がんが判明しました。

 

ステージは公表されていませんでしたが、いずれのがんも「小指の先程」の大きさだったようで、ステージとしては初期だったと思われます。

 

2度の摘出手術の後、ホルモン治療を続けた結果、5年後に乳がんを克服しています。

 

乳がんの早期発見、早期治療を呼びかけています。

 

 

山田邦子が干された理由は?

 

一時期は、女芸人として初めて天下を取ったとまで言われた山田邦子さん。

 

全盛期には、彼女をテレビで見ない日はなく、週に14本のレギュラー番組を持つ売れっ子芸人でした。

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バブル時代の波にも乗り月収1億円、1回の打ち上げで200万円のお支払、連休があればファーストクラスでニューヨークへ行き現地ではヘリをチャーターして夜景を楽しむというビックリするエピソードも満載です。

 

しかし、1990年後半からは徐々に露出が減り冠番組は打ち切られ、まさに干された状態になってしまいました。

 

一体山田邦子さんに何があったのでしょう?

 

山田邦子さん自身は、露出が減った当時のことを「寂しいなと思いました。でも、こういうものなんでしょうし。ブームが終わったんじゃないですか」と笑顔を浮かべながら当時を思い返し、『たぶんで過ぎたんだと思うんです。あいつばっかりという時代があって。みんな悔しかったんじゃないですか。だからしょうがないです』と淡々と語っていました。

 

さらに、「かなり激しいブロックに会いました」と告白するも、これも「しょうがない」と冷静に受け止めていました。

 

周囲からの嫉妬に言及しています。

 

かなり売れっ子でしたから、妬まれていたということも十分にあり得そうです。

 

 

山田邦子は不倫略奪婚だった?

 

山田邦子さんは、2000年に「ゴッズダイナミックワールド」という番組制作会社社長の後藤史郎さんと結婚しています。

 

ゴッズダイナミックワールドは、1995年に後藤史郎さんが設立した会社で、これまで「中居正広の金曜日のスマたちへ」「5時に夢中」「うたばん」「明石家さんまちゃんねる」などに制作協力しています。

 

後藤史郎さんはもともと妻子がいましたが離婚し、その後山田邦子さんと再婚。

 

その経緯もあってか、結婚にあたっては一部であまり穏やかではない噂が流れていることもあるようです。

 

また山田邦子さんは2007年に出演していた「オーラの泉」では、結婚式にまつわるびっくりえぴそーどを披露しています。

 

2000年になるときに結婚式をしたかったという山田邦子さんが、旦那に相談もせずに1人で式場などを抑えたといいます。

 

「天下を取った唯一の女芸人」と言われた山田邦子さん、一時期は「出すぎ」に加え、決定打としての「不倫略奪婚」の噂もあり、芸能界を干されていたこともありました。

 

2~3年前から復帰待望論もありますが、以前のようにまたバリバリ第一線でということはないのかもしれませんね。

 

今まで味わえなかった余暇を現在は堪能しているのかもしれませんね。

 

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